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  • 執筆者の写真矢野修三

≪ことばの交差点 ≫ 19

更新日:8月23日

       日加トゥデイ 2024年8月号 掲載


☆ 「羹」 とは何物 ?


 先ずは唐突ながら、こんなことわざ「羹に懲りて膾を吹く」をご覧くだされ。すると、

こんな難しい漢字読めないよ、という人とても多し。でも言葉として語ればご存知の方かなり多し。

 バンクーバーの夏はめっちゃ素晴らしい。でも今年はかなり暑い日もあり、日本語上級者と勉強会も兼ねて、暑気払いとしゃれこんだ。先ずはビールで乾杯。すると一人、ちょこっと口を痛そうにしており・・・。彼曰く、熱いコーヒーを急いで飲んで、少し唇をやけどしてしまったとのこと。それはヤバい。


 実は、このような経緯があり、思わずその席で、この「羹(あつもの)に懲(こ)りて、

膾(なます)を吹く」を話題に出してしまった。こんな古めかしくてややこしい表現、

昨今の日本語には全く使われておらず、日本語学習者にはまるで必要ないのだが・・・、

ついつい。


 これは古代中国の故事に由来しており、「羹・あつもの」(肉や野菜入りの熱い汁物)を

飲んで口にやけどをした人が、「膾・なます」(冷たい肉などの切り身)を食べるときも、

息を吹きかけて冷ますジェスチャー。すなわち、一度の失敗にこりて、必要以上に用心することのたとえ。こんな説明をしたら、英語にも同じような意味のイデオムがあるようで、

二つほど教えてくれた。

  ☆     A burnt child dreads the fire. (やけどした子は火を恐れる)

  ☆     Once bitten, twice shy.(一度かまれたら二度目は用心する)  

なるほど、どこの言語にも同じような慣用句があるのだと驚き、感服した。


 そして、宴もたけなわ、デザートにアイスクリームが出てきた。すると、彼はそのアイスクリームにユーモアたっぷりに息を吹くジェスチャーをした。うーん、お見事。

まさに「ホットコーヒーにこりて、アイスクリームを吹く」だねと、大いに盛り上がり

お開きとした。


 さて、この「羹」と「膾」だが、常用漢字ではないので、ほとんど馴染みがない。

でも日本語教師として、初めてこれらを理解したとき、いろいろ勉強になったことを少し

書き綴ってみたい。


 先ず、「羹」だが、音読みは「カン」、訓読みが「あつもの」。確か、お菓子の「羊羹」の漢字にも使われている、でもなぜ・・・。当時の中国では肉といえば羊肉が極上。この「羹」の羊肉入りを「羊羹」と呼んでいたとのこと。この羊羹(羊肉入り汁物)が室町時代ごろ禅僧によって日本に入ってきたとされている。でも日本の僧侶、肉食はダメ。そこで

小豆(あずき)を羊肉に見立てて、精進料理として作ったようで、これがお菓子「羊羹」の

始まりとのこと。びっくり、なるほど。


 もう一つ、「人口に膾炙する」。これも古代中国の故事成語である。人口(じんこう)は

人の口で、膾炙(かいしゃ)は膾(なます)と炙(あぶり肉)で、どちらも美味しく、多くの人が口にすることから、「人々の話題になる、広く知れ渡る」という意味になったとのこと。

なるほど。ユニークな由来である。現代では試験問題などに出るくらいでほとんど使われていないが、明治時代の文学作品などには結構使われているので目にする機会もあるのでは。


 このように、語源や由来が分るといろいろ楽しい。熱いお茶をやけどしないように飲み

ながら、熱くない羊羹を注意深く食べながら、この「ことばの交差点」が人口に膾炙しますように・・・、そんな、かなわぬ夢を追いかけるのもまた愉し。

 ここで一句  「夏木立 夢を追いつつ 老いつつも」




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